日本一の星空がある村

感動経営 | Emotional Management

体験することの価値

PEST分析やSTP理論、マーケティングの4Pなどで知られる現代マーケティングの第1人者、フィリップ・コトラーは、時代の変化や科学技術の発展とともに変化するマーケティングの基本思想を以下の4つに定義しています。

マーケティング1.0「製品主導型」(製品機能重視)                            この時代のマーケティングは、消費者の要望よりも製品の機能性や品質に注目していました。大量生産による規模の経済重視の製品づくりです。
マーケティング2.0「顧客主義型」(顧客満足重視)                                   サービスチャネルが増えることにより差別化が求められ、企業は「消費者が何を求めているのか」をテーマとした消費者志向の製品展開にシフトしていきました。
マーケティング3.0「価値主導型」(共感価値重視)                                        生産技術の進歩により製品がコモディティ化していく中で、その製品が「どれだけ社会に貢献しているか」「その製品が世界をよりよくするものか」をテーマとした、価値主導の考え方での製品への共感を得ることが差別化要因となっていきました。
マーケティング4.0「自己実現主導型」(顧客体験重視)                                           インターネットやSNSの普及により、ユーザーの購買行動も変化していきました。製品やサービスそのもの価値より、その製品やサービスにより顧客が「なりたい自分」「あるべき姿」を発見して達成することを目的とするマーケティング手法です。「体験することの価値」すなわち「モノ」から「コト」へと変化していったのです。

多様化する社会の中で、製品づくりの姿勢とマーケティングの手法もこのように変化していきました。その流れに乗れるかどうかは、企業だけでなく地域社会にも、存亡の危機をもたらしてきました。

そのような危機的な状況からの地域再生の事例をご紹介します。

阿智村再生の物語(日本一の星空体験を)

私は、岐阜県の多治見市という所の出身です。濃尾平野の盆地で、夏は暑く、冬は寒い土地ですが、車で少し行くと、旧中山道の宿場町なども残っていて、なかなかに風情のある街です。

昔、父がよく、日帰りで温泉に連れていってくれました。ただし、飛騨高山や下呂ではありません。

おとなり長野県との県境にある「昼神温泉」という温泉郷です。
なんでも旧国鉄のボーリング調査で偶然発見された天然温泉で、比較的、歴史の新しい温泉街なんだそうです。

名古屋市内からでも車で2時間ほどで行けますので、1980年代には自動車製造関係の団体客など中京圏のお客さんでずいぶん賑わい、温泉宿もたくさん出来ていました。

しかし、1990年代、バブル崩壊以降は客足もすこしずつ減り、2005年の愛知万博を境に、一気に宿泊客は減少、その後は、旅館同士で値引き合戦など、負のスパイラルに陥ります。

この「昼神温泉」は長野県下伊那郡の阿智村という場所にあり、同じ地区にはスキー場もあって、冬場はスキー客と温泉客とで、にぎわっていたのですが、スキーブームも1990年頭をピークにその後10年で半減…、という極めて厳しい状態となりました。

時代の変化にともなう娯楽の多様化や景気変動に上手く対応できず、”観光立村”を掲げていた阿智村から観光客は遠のいていきました。

そんな時「昼神温泉」のある旅館の企画担当者が立ち上がります。

”このままでは昼神温泉は衰退する、
 子供たちの世代に阿智村を渡せないかもしれない”

実は阿智村には、温泉やスキー場以外にも重要な資源がありました。

もともと、四方を南信州の高い山々で囲まれた阿智村は、夜空に星が良く見える土地でした。しかし温泉宿がたくさんできていた昼神地区からは見えづらくなっていたのです。

一方で、人工の明かりがないオフシーズンのスキー場山頂の夜空は、普段とは、まったく違った景色が天空に広がるそうです。

実は阿智村は、2006年には環境省により、

”日本一星空の観測に適した場所”

と認定されていたのです。

そこから「スタービレッジ阿智村」構想がスタートしていきました。

既存の資源である「温泉」「山頂(スキー場)」そして「星空」。

温泉宿とスキー場、そして旅行会社が力を合わせて、この3つの既存資源を掛け合わせることにより、まったく新しい観光資源が出来あがりました。

”天空の楽園-日本一の星空ツアー”

阿智村の夜空には、息を呑むような一面の星の世界が広がり、訪れた人の多くが、その体験を口伝えで広めておられるようです。

阿智村は、今や、多くの観光客にモノやサービスを提供するよりも、                  その時、その場所でしか味わえない、

”感動体験(モノではないコトの価値)”

を生み出し、それを提供することに成功しました。

VUCAと呼ばれ変化が常態化している現代においては、従来のビジネスモデルや既存の資源だけでは、将来を見通すことが難しくなっています。

栄枯盛衰、生き馬の目を抜くような社会で、多くの企業が、先行き不透明な中で、その内なる変革を試されるときがくるでしょう。

阿智村は、そんな時、自分たちの内なる資源を見つめ直し、そこから様々なシナジーを生み出しイノベーションを実現したのです。

求められているのが、スピードと変化であるならば、まずは、これまで培ってきた自社の資源や強みをもう一度見つめ直すことが必要かもしれません。

シナジーは、思わぬところでそのヒントが顔を出しているかもしれません。

マーケティング5.0 テクノロジーと人間性の融合へ

日本政府は、2016年「第5期科学技術基本計画」の中で、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立を図る人間中心の、新たな未来社会 (Society) 、“Society 5.0(ソサエティー5.0)”を提唱しました。

Society 1.0(狩猟社会)、Society 2.0(農耕社会)、Society 3.0(工業社会)、Society 4.0(情報社会)に続く新たな社会の姿と位置づけられています。

現在は、インターネットを経由し世界中の多種多様なデータや情報を人が収集・分析するSociety 4.0(情報社会)にあたります。

前述したコトラーによるマーケティング4.0「自己実現主導型」(顧客体験重視)は、まさに、このSociety4.0に呼応していると言えるでしょう。     

Society 5.0は、すべての人やモノがネットワークで接続され、収集されたデータはAIが自動解析する社会を想定しています。

これは、決してAIに支配されるということを意味しているのではなく、多くの人が煩雑な作業や業務から解放され、一人ひとりが尊重され、快適に質の高い生活を送ることを意味しています。

そして、コトラーもまた、

マーケティング5.0「人間のためのテクノロジー」

という新しい概念を定義しました。

ビッグデータとAIにより、瞬時の未来予測(市場の受容性)が解析されると同時に、製品やサービスは、より長い文脈(コンテクスト)での顧客による知覚が求められ、また、可能となってきています。

製品やサービスの開発段階から、顧客が参加することで製品やサービスへの愛着を高められ、それが競争力になりつつあると言えるのではないでしょうか。

今回紹介した阿智村の「天空の楽園 日本一の星空ツアー」の創生物語は、こちらの動画でも紹介しています。ぜひご覧ください。